鎌ケ谷市議会議員

つくろう! 自然環境と地域経済が、 調和するまち

核のタブー The nuclear taboo 


タブーなき議論
 7月22日、小泉進次郎防衛大臣は、訪問していたベルギーでの会見において、核戦力の保有について「あらゆるタブーなく議論をしなければ、もはやどの国も一国で安全保障を確立することはできない。これは当然のことだ」と発言しました。また、保守系シンクタンクである国家基本問題研究所は、核を巡って「タブーなき議論」をするように政策提言をしています。まるで、核についての議論がタブーとされていることが問題であるかのように…。

核のタブー
 しかし、「核のタブー」という言葉は、「議論してはならない」というような意味合いではありません。「核のタブー」とは、「いかなる戦争や紛争においても、核兵器は二度と使用してはならない」という国際規範です。2024年に日本被団協がノーベル平和賞を受賞した時には、授賞理由として「核兵器の使用は絶対に許されない」という「核のタブー」の確立に大きく貢献したことが高く評価されました。

非核三原則の見直し
 小泉進次郎防衛大臣の発言や日本基本問題研究所の提言は、こうした「核のタブー」の本来の意味を捻じ曲げ、矮小化するものではないでしょうか。日本は、核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」とする非核三原則を掲げることで、世界唯一の戦争被爆国として平和国家の立場を示し、核拡散を防ぐ国際的信頼を得てきました。小泉防衛大臣らの発言の目的が、非核三原則の見直しにあることは間違いありません。

核兵器の非人道性
 人を殺害することを目的とした武器は、押し並べて非人道的なものであると私は考えていますが、生命を細胞レベルで破壊し、後世にまで身体的・精神的苦痛を及ぼす核兵器は、その最たるものです。

核なき世界を目指して
 長崎市の鈴木史朗市長は、8月9日の長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典において次のように訴えました。

 「核兵器に依存する国は、核兵器を実際に使用しなくても、保有することで他国に攻撃を思いとどまらせることができるという「核抑止論」を主張します。しかし、戦争という極限状況の中で自国の存亡を懸けた究極の判断を迫られたとき、それでもなお「核のボタン」を押さないと、誰が言い切れるのでしょうか。広島・長崎への原爆投下は、人間が人間への核兵器使用という一線すら越えてしまう現実を突きつけました。人間の命も尊厳も木っ端微塵に破壊する核兵器の威力を身をもって知る被爆者や被爆地は、その体験から確信をもって訴えます。核抑止論は、極めて危うい。核兵器は「必要悪」ではなく「絶対悪」であり、人類と核兵器は決して共存できない。と」

 核抑止論や核の傘などは幻想です。核兵器がこの世に存在する限り、使用され、世界が破滅するリスクは常につきまといます。「核のタブー」という国際規範を、日本人はもちろん、世界の人たちと共有し、核なき世界を目指していきたいです。


トップへ戻る